安倍昭恵の若い頃はヤンキー?大学や電通時代、子供がいない理由も

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元総理の安倍晋三さんの妻、安倍昭恵さん。最近は新型コロナ関係などで何かとお騒がせなイメージしかないですが、実は若い頃はお嬢様大学を出ていてエリートだったみたいです。

安倍昭恵さんの若い頃については「ヤンキーだった?」なんて噂もありますが本当でしょうか。
また、大企業の電通に勤務していた時代もどんなだったのか気になります。

今回は安倍昭恵さんの若い頃についてや、安倍晋三さんとの出会い、子供がいない理由も紹介します。

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安倍昭恵の若い頃:大学時代?

トラブルメーカーな安倍昭恵さんですが、どんな大学に通っていたのでしょうか。

安倍昭恵さんの実家は森永製菓の創業家とつながりがあり、父親の松崎昭雄さんは森永製菓の社長を務めていました。やはり大企業のご令嬢なので、名門女子学園に通っていたのです。

安倍昭恵さんは、聖心女子学院に幼稚園から専門学校まで通っていました。聖心女子学院は東京都港区の白金にあり、1908年創設の歴史あるカトリック系のお嬢様学校です。安倍昭恵さんの父・松崎昭雄さんは敬虔なクリスチャンということなので、お父さんの意向もあって聖心女子学院が選ばれたのかもしれません。

現在の聖心女子学院の偏差値は52程度で一般的ですが、安倍昭恵さんの頃はもっとレベルが高かったとか。聖心女子学院には系列の女子大学もありますが、安倍昭恵さんは後述の理由で大学には進学せず聖心女子専門学校に進学しました。

幼い頃の安倍昭恵さんは色白でとてもやせていて、繊細で目立たないタイプの子だったそうですが、小学校5年生の時に学校のシスターの助言でカナダへ1か月間短期留学したことがきっかけで積極的な性格になったそうです。子供の頃の海外経験が現在の安倍昭恵さんにもつながっているのかもしれませんね。

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安倍昭恵の若い頃:ヤンキーだった?

積極的な子に育った安倍昭恵さんは、聖心女子高等学校へ内部進学し、テニスやゴルフなどのスポーツに打ち込む活発な高校時代を送りました。

その一方で、安倍昭恵さんは勉強が大嫌いで成績はあまりよくなかったそうです。さらに、髪型をそのころ流行っていたソバージュにしてディスコに通うなどおよそ名門のお嬢様らしからぬ行動をとっていました。

成績が振るわないことや普段の素行が影響してか、安倍昭恵さんは聖心女子大学に内部進学できず聖心女子専門学校の英語科に進みました。専門学校時代も派手な服装でブランドバッグを持ち歩き、相変わらずディスコにも通っていたそうです。

こうした行動から安倍昭恵さんはヤンキーだったのでは、という噂が生まれたのかもしれませんが、ヤンキーというよりギャルとか陽キャと言ったほうがふさわしいですね。天皇陛下の即位の礼で派手なミニドレスを着て物議を醸しましたが、若い頃から派手好きなんですね。

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安倍昭恵の若い頃:電通社員時代

高校・専門学校時代と勉強嫌いで遊びまわっていた安倍昭恵さんも、専門学校を卒業したら就職しなければなりません。

安倍昭恵さんが就職したのは大手広告代理店の株式会社電通です。所属は東京本社の新雑局という部署でした。新雑局は「新聞・雑誌局」の略で、新聞社や雑誌出版社と電通の営業部門を仲介する仕事をしており、電通歴代社長を多く輩出している出世コースです。

でもなぜ勉強が苦手な安倍昭恵さんが電通のエリート部門に入れたのでしょうか?

その理由は、前述のように安倍昭恵さんが森永製菓の創業者のひ孫にあたり、社長令嬢であったので、いわゆるコネ入社(縁故採用)だと言われています。

安倍昭恵さんの実家からしても娘をそれなりの会社へ入れたかったでしょうし、電通としても森永製菓という大手企業のお嬢様に良くしておけば大きい案件にありつくことができそうですからね。

電通の社内報と思われるものに書かれた安倍昭恵さんの自己紹介の画像を発見しました。安倍昭恵さんの当時の趣味はスキーで「ヨーロッパで優雅に滑りたい」なんてお嬢様らしい事を言っていますね。

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安倍昭恵はなぜ大学院に?

なお、安倍昭恵さんは2009年に立教大学大学院 21世紀社会デザイン研究科に入学し、2013年に修士課程を修了しています。そのため現在の最終学歴は大学院卒となります。

46歳からのチャレンジでしたが、安倍昭恵さんが大学院を修了した背景には「学歴コンプレックス」があったようです。

最初にファーストレディになった当時、安倍昭恵さんはメディアに対して「専門学校卒」と書かないようにお達しを出していたそうです。聖心女子学院では9割以上の生徒が系列の聖心女子大学や他の大学に進学しているのに、それができなかったことに対してコンプレックスを感じていたのではないかと言われています。

また、他国のファーストレディが立派な学歴や経歴を持っているのに圧倒され、安倍昭恵さんは首相夫人として何をしていいかわからず、ただニコニコしていることしかできなかったと振り返っています。2007年に安倍晋三さんが病気で一度目の辞任をし、首相夫人の肩書もなくなってしまって、どん底状態だったところから脱却するために大学院に行くことを決めたようです。

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安倍昭恵と安倍晋三の馴れ初めは?

電通で働いていた安倍昭恵さんと安倍晋三さんの出会いは1984年で、安倍昭恵さんの電通での上司からの紹介とされています。

安倍晋三さんは神戸製鋼所に3年間勤務したのち、当時の外務大臣だった父親の安倍晋太郎さんの秘書官となっていました。上司からの紹介といっても、実質的には両家の子女のお見合いですね。

2人は原宿のパーラーで待ち合わせをしたのですが、安倍昭恵さんは30分も遅刻してしまったため、8歳年上の安倍晋三さんは怒ってしまったのですが、最終的には話が合い結果オーライとなったようです。

安倍昭恵さんは安倍晋三さんを気に入っていたのですが、当時安倍晋三さんは他に好きな女性がいたらしく結婚したのは3年後の1987年となりました。安倍昭恵さんは24歳でした。

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安倍昭恵に子供がいないのはなぜ?

安倍昭恵さんと安倍晋三さんの間には、子供がいません。その理由は、安倍昭恵さんが不妊症だったからです。

政治家の家系となればお世継ぎ問題も出てきます。安倍昭恵さんは「子供は自然にできるだろう」と考えていましたが、なかなか子供に恵まれず不妊治療を受けていました。しかし、辛い不妊治療も報われず子供を授かることができなかったのです。

安倍昭恵さんは2018年の雑誌インタビューで、周囲からの「子供はまだか」というプレッシャーや不妊治療の辛さを涙ながらに明かしていました。さらには安倍晋三さんの選挙の後援者からも「嫁として失格」とバッシングされたり、「ワシが教えに行く」などセクハラのようなことも言われていたそうです。

安倍昭恵さんが妊娠できないことで、安倍晋三さんの母・洋子さんとの関係も悪くなってしまい「本来なら離婚ね」とも言われてしまったそう。さらに安倍晋三さんの後継者として、安倍晋三さんの兄の息子(甥)を養子にすることを洋子さんが目論んでいるそうですが、安倍晋三さんはこれに反対しているとのことです。

安倍昭恵さんと安倍晋三さんの間でも養子をとるかどうか話し合ったことがあるということですが、安倍昭恵さんも結局は養子縁組をしてまで子供を得るよりは、違うことをやるべきではないか、という結論に至ったようです。

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まとめ

安倍昭恵さんの若い頃や子供がいない理由について紹介しました。

ファーストレディであったあいだも、そうでなくなった現在もいろんな意味で自由すぎる生活を送っている安倍昭恵さん。その根底は若い頃の遊び方にも見えていますね。

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